For www.perrinevanopstal.com Los Angeles, 2011 (via - Matso -)
そもそも、福島は経済的にはとても貧しい土地なんです。
大学進学率は、一昨年は47都道府県中40位でしたが2010年には3つ上がって37位になりました。女子だけだと42位で、女子の早婚率は全国1位です。だいたいの女子は高校を卒業するとちょっと働いて結婚する、という流れが福島ではとても一般的でした。県庁所在地の若者は休日になると、片道800円で高速バスに乗り、仙台で遊びます。そんな土地です。学校を出て、「こんな仕事がしたい!」と思っても、会社がないのです。過疎化がどんどん進んでいました。
福島県は、原発の誘致にとても積極的でした。私も内心では推進派でした。土地を提供すれば、交付金が貰える。建築業も潤う。発電所で雇用が生まれる。人が増えれば周辺産業も潤う。いいことずくめじゃないか…そう思っていました。
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福島には原発が必要だった - 夢の中ではうまく歌える (via otsune) すごくわかる。鳥取も同じだよ。 高校出たらすぐに岡山、広島、大阪に進学してそこで就職。 「鳥取最大の企業は鳥取県庁」って自虐ネタ (ほぼ真実だけどね) があるぐらい。 全然他人事じゃない。 (via daytri) |
| — | 2013-03-13 - matakimika@d.hatena (via rpm99) |
伊集院光「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティーの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらしくして落語を辞めました」
立川談志「うまい理屈が見つかったじゃねぇか」
伊集院光「本当です!」
立川談志「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時お前さんは落語が辞めたかったんだよ。『飽きちゃった』とか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めたかった』んダネ。
けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないもんなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるなら、自分にも余所にも理屈つくってなわけだ。本当の本当のところは、『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」
図星だった。もちろん『ショックを受けてやめた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当のところはそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたのだから、完全には飲み込めていないけれど。
| — | 伊集院光・立川談志との対談「噺家を辞めた理由」 | 世界は数字で出来ている (via cxx) |
ここから、彼はゲームを完全に断ち切る事を決めた。
これまで、やったゲームの禁止方法。
- 一日4時間だけにしよう
- 2日のうち1日だけにしよう
- 少しずつ減らしていこう
- お金を課金するのをやめよう
1日4時間だけにしても、MMORPGの特性上、ダンジョンで他の人とパーティを組んでいる時、どんなに時間を決めてもそれ通り終わる事はなく、結局一度でも破ってしまうと終わる。
2日に1回にしよう。それも結局はイベントの関係上無理だった。
こうしてみると、今まで、離婚したとしても「完全にやめよう」とは考えなかった。まずは減らそう、急にやめるとゲーム内の友達に悪い。時間を減らそう、日にちを減らそう。そうやってずるずると廃人から抜け出せずにいたのだ。
これはまるで私が経験した「タバコの禁煙」と一緒だと感じた。
実はここが今回お話をしていて興味深かった部分でもあるのですが、彼は
「ゲームをやめようとは一度も決意した事がない」
というのです。
いや、現にゲームは完全にやめている状態です。
やめているにも関わらず
やめようとは決意していないのです。
では何故やめれたのでしょうか?
その答えこそが「今日だけ頑張る、今だけ頑張る」だったのです。
まずゲームのアンインストール。これまでやった事がない偉業。今だけやめると決めたのだから、後で再インストールするかもしれないが今だけは消そう。そう考えながらソフトをアンインストールしたそうだ。これでゲームがPCから完全に消えた。
そして今日だけは頑張ろう。今日だけで良い。そう思って一日をクリア。
翌日。
早朝からどうしてもソフトを再イントールしたくなる欲望が湧き出る。この時も彼は思ったそうだ。今だけ再インストールするのをやめよう。あとでまたしたくなるだろうけど、今だけは我慢しよう。
落ち着いて着たらまた考える。今日だけ頑張ろう。明日は無理だろうけど今日だけは。
そうなんです。彼はやめようという決意ではなく、今だけ我慢しようという方法を、ずっと続けてやめたのです。
人生が変わった瞬間でもあった。
そんなことを考えていたら、以前、松たか子さんが、以前あるラジオ番組で、「自然体」と周囲から言われることについて、こんなふうに話していたのを思い出しました。
「周りからは自然体といわれることもあるけれど、私にとっての自然体というのは、その場の雰囲気を読んで、それにあった、相手が自分に期待しているであろう行動をすることなんです。それが『自然体』と言われているだけで」
なんとも身も蓋も無い話ではあるし、子どもの頃から、「注目されてしまう人生」をおくってきた人ならではの「達観」であるような気もします。
「自然体」というのもまた、「演技」なのです。
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「自然体」という幻想 - 琥珀色の戯言 (via yuco) 2011-09-04 (via gkojax-text) |

